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福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)337号 判決

控訴人

いすゞ販売金融株式会社

右代表者

別府重鵬

右訴訟代理人支配人

武冨力之助

右訴訟代理人

竹中一太郎

被控訴人

破産者 株式会社九大技建破産管財人

田中光士

右訴訟代理人

中川一夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所は、被控訴人の本件請求の一部を正当として認容し、その余は失当として棄却すべきであるとするものであつて、その事実認定及びこれに伴う判断は、次のとおり加えるほか、原判決の理由説示(原判決五枚目―記録一一丁―裏七行目から原判決七枚目―記録一三丁―表一〇行目「棄却し、」まで。但し、右「棄却し、」を「棄却すべきである。」と改める。)と同一であるから、その記載を引用する。

1  控訴人は、被控訴人に対し返還すべき剰余金は返還時における本件車輛の価格四五万六〇〇〇円からその未払代金一二万七〇〇〇円及び同車の返還を受けるために要した諸手続費用二二万三九七〇円を控除した一〇万五〇三〇円であると主張するので、この点につき判断する。

返還時における本件車輛の価格が四五万六〇〇〇円であり、その未払代金額が一二万七〇〇〇円であつたことは、さきに引用した原判決の理由説示のとおりであり、控訴人が本件車輛の返還を受けるためにその主張のような諸手続をしたことは当事者間に争いがない。しかし、右諸手続につき控訴人主張の各費用を要したことを認めるに足る証拠がないばかりでなく、仮に右各費用を要したとしても、右各費用を剰余金(本件車輛の価格四五万六〇〇〇円からその未払代金一二万七〇〇〇円を差引いた三二万九〇〇〇円)から控除すべきでないことは右引用にかかる原判決の理由説示のとおりであるから、控訴人が被控訴人に対し返還すべき剰余金は三二万九〇〇〇円であり、控訴人の右主張は採用することができない。

2  控訴人の相殺の主張につき判断する。

控訴人が被控訴人に対し控訴人主張の立替金請求権、債務不履行に基づく損害賠償請求権、不法行為に基づく損害賠償請求権を有するとして、当審における昭和五五年三月一八日の第七回口頭弁論期日で被控訴人に対し右各債権をもつて被控訴人の有する本件債権と対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。そこで、控訴人主張の右各債権の存否及び相殺の当否につき順次検討する。

(一)  控訴人は、被控訴人に対し本件車輛の昭和五一年度、同五二年度の自動車税一万五〇九〇円の立替金請求権を有し、これと被控訴人の本件債権とを対当額で相殺した旨主張するので、この点につき判断する。

所有権留保付自動車の自動車税納付義務が地方税法一四五条二項により買主に存するところ、本件車輛が控訴人に所有権留保のまま販売され、その昭和五一年度の自動車税を買主である九大技建が支払うべきであつたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、控訴人は、昭和五二年三月一日九大技建が納付すべき本件車輛の昭和五一年度自動車税一万三〇〇〇円と延滞金一三〇〇円を立替えて支払つたことが認められる。しかし、控訴人が昭和五一年一二月二五日ころ被控訴人に対し本件車輛の売買契約を解除する旨の意思表示をしたうえ同車輛を引き上げたことは当事者間に争いがないから、同車の昭和五二年度自動車税を九大技建若しくは被控訴人が負担すべきいわれはなく、仮に控訴人がその昭和五二年度自動車税を納付したとしても、これを立替金として被控訴人に請求することはできないというべきである。ところで、破産法一〇四条四号本文によると、破産者の債務者が支払の停止又は破産の申立があつたことを知つて破産債権を取得したときは、その破産債権を自働債権とする相殺は禁止されているところ、控訴人は、九大技建に対する破産宣告後にみずからの意思で右昭和五一年度自動車税及び遅滞金を立替えて支払つたのであるから、右は同条同号但書所定の相殺禁止の例外的場合に該当せず、破産宣告後に取得した破産債権である右立替金返還請求権を自働債権とする相殺は同条同号本文により許されない。

さすれば、控訴人の右主張は採用することができない。

(二)  控訴人は、本件車輛の返還を受けるにつき諸手続を要し、そのために費用合計二二万三九七〇円を支出せざるを得なかつたから、被控訴人の右車輛の返還義務の不履行による右同額の損害賠償請求権を有するとして、これと被控訴人の本件債権とを対当額で相殺した旨主張するので、判断する。

控訴人が本件車輛の返還を受けるにつきその主張のような諸手続をしたことは当事者間に争いがないけれども、右諸手続のため控訴人主張の各費用を要したことを認めるに足る証拠はない。のみならず、控訴人が昭和五一年一二月二五日ころ本件車輛の売買契約を解除するに先立つて、同年一一月二九日ころ福岡地方裁判所に対し被控訴人を債務者として右車輛につき仮処分を申請し(同庁昭和五一年(ヨ)第六七九号)、同年一二月二日仮処分決定を得てその執行をし、次いで同年一二月二一日同裁判所に対し被控訴人を被告として本件車輛引渡請求の訴を提起した(同庁昭和五一年(ウ)第一三九九号)ことは、当事者間に争いがない。そして、右経緯に照らすと、被控訴人に本件車輛の返還義務につき不履行があつたと解することができないから、仮に控訴人が前叙諸手続のためその主張の費用を支出したとしても、それは被控訴人の右車輛の返還義務不履行による損害と認めることができない。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の債務不履行による損害賠償請求権を自働債権とする右相殺の主張は採用することができない。

(三)  控訴人は、被控訴人が本件車輛の売買契約につき破産法五九条一項所定の選択をなすべき義務を怠つた不法行為により前叙諸手続費用合計二二万三九七〇円相当の損害賠償請求権を有するとして、これと被控訴人の本件債権とを対当額で相殺した旨主張するので、この点につき判断する。

控訴人が本件車輛の返還を受けるにつきその主張のような諸手続をしたことは当事者間に争いがないけれども、右諸手続のため控訴人主張の各費用を要したことを認めるに足る証拠はない。それだけでなく、破産法五九条一項は、双務契約につき破産者及びその相手方が破産宣告の当時未だ共にその履行を完了していないときに、破産管財人にその選択に従い契約を解除し又は破産者の債務を履行して相手方の債務の履行を請求することもできる権限を付与しているにすぎず、破産管財人に右の選択をすべき義務を課しているものではないと解するのが相当である。そして、破産管財人の右選択の遅延によつて相手方を永く不安定な地位におくのは当を得ないので、同条二項は、相手方において、破産管財人に対し、相当の期間を定めいずれを選択するかを確答すべき旨の催告をすることができ、もしその期間内に確答がなければ、契約の解除があつたものとみなすことにしている。本件において、被控訴人が同条一項所定の選択をせず、また、控訴人が同条第二項の催告もせずに契約条項(買主が破産宣告を受けたときは売主において売買契約を解除することができる旨の約定)に基づき本件車輛の売買契約を解除したこと、右売買契約の解除に先立つて前叙2(二)のとおり本件車輛につき仮処分の執行及び引渡を求める訴訟をなしていることは、当事者間に争いがなく、右事実に照らすと、被控訴人が破産法五九条一項所定の選択をしなかつたことをもつて未だ不法行為に該当するということができないから、仮に控訴人が前叙諸手続のためにその主張の費用を支出したとしても、それが被控訴人の不法行為に基づく損害と認めることはできない。

さすれば、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の不法行為による損害賠償請求権を自働債権とする控訴人の右相殺の主張は採用することができない。

3  控訴人は、被控訴人の本件請求のうち八万九九四〇円を超える金員の支払請求部分は権利の濫用として許されない旨主張するので、判断する。

被控訴人が本件車両の売買契約につき破産法五九条一項所定の選択をしなかつたこと、被控訴人が前叙本案訴訟(福岡地方裁判所昭和五一年(ワ)第一三九九号)の口頭弁論期日に出頭せず答弁書も提出しなかつたこと、右車輛の売買契約中に契約が解除された場合には直ちに同車を控訴人に返還すべき義務があることを定めた約定(契約条項一二条)が存したことは当事者間に争いがない。しかし、前叙2(二)(三)で説示したとおり、破産法五九条一項は破産管財人にその所定の選択をすべき義務を課しているものではないところ、控訴人は、同条二項により被控訴人に対し相当の期間を定めいずれの措置を選択するかを確答すべき旨の催告をすることもなく、本件車輛の売買契約の契約条項一二条に基づき同契約を解除し、かつ、その解除に先立つて右車輛につき仮処分の執行をし、同車の引渡を求める訴訟を提起していることに照らすと、仮に控訴人が同車の返還を受ける諸手続のためにその主張の諸費用を要したとしても(右諸費用についてはこれを認めるに足る証拠はない。)未だもつて被控訴人の本件請求のうち八万九九四〇円を超える金員の支払請求部分を権利の濫用ということができない。

してみると、右請求部分が権利の濫用であるとする控訴人の右主張は、採用することができない。

二よつて、原判決は相当であり、本件控訴は、理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(園部秀信 森永龍彦 辻忠雄)

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